第一章 草原 〜 luckress 〜
少年はひたすら続く草原を見ながら考えていた。
なぜ、ジープなのか。
出発するとき、当然のように用意されたジープ。
どうみても20年は前のものだし、メンテナンスもろくに行われていなくてどう控えめに見てもボロい。
ちなみに、今の時代『浮動車』なんていう便利で見た目も最高!奥さんこれはお買い得ですよ!なものがある。高いけど。
当然、少年は抗議した。
返答はこうだった。
『わかってくれよな、浮動車は高いんだ。もし壊したらどうする気だ?』
どーゆー意味だ、と憮然とした。
同じくらいの年齢の“施設”のエージェントで、浮動車に乗って仕事している奴は山ほど……というほどではないが、いる事は確かだ。何故自分がいけないのか。
……今までに3台、ジープを乗り壊していることは考えない事にした。
少年の名はリーク。“施設”のエージェントでコードF−75。
18歳で、背は同年代と比べても中くらい。
やや痩せ気味で、髪はこげ茶を少し薄くしたような色で、長くもなければ短くもなかった。
髪と同じ色の目はやや細く、なかなかに整った顔立ちをしていた。
「うわっ」
考え事をしていたら、いつの間にかジープは一本の木に向かって走っていた。
……考えるのに夢中になりすぎて、しばしば注意力散漫になるのはリークの悪いクセだ。
木まで20メートルほど。急いでハンドルを切る。――間に合え!
あまりの遠心力に飛ばされそうになる。必死に体を支え、ハンドルを押さえつける。
間一髪――とまでは上手くいかなかったが、どうにかエンジン辺りをへこませただけで済んだ。
なんだかとても危ない気がするけどリークは気にしない。
『何だ?F−75か?』
「わわっ」
どうやら今の弾みで無線が落ちたらしい。
ちなみにこの無線は車にセットされていて、車から外すと自動的に通話状態になり、“施設”と連絡が取れる。
……もちろん、20年前のものだ。
なんだか泣けてくる。
「いや、ちょっと木にぶつかって」
『お前……ジープでよかったな』
と、“施設”の命令伝達係(時給は安い)。
「……どーゆー意味だよ」
『まあいい、それより、“街”に入ったら必ず連絡を入れろよ』
「よくな」
い、と言おうとしたら切られた。ああなんか腹立つ。
「ああああもう」
だいたい今回の仕事は気に入らない。
“オーバーパワーまで行け。到着次第、内容を伝える”
素晴らしく簡潔だ。
「ああああああああもうぅ」
内容のわからない仕事なんて正直、やる気が失せる。
だが、命令に従わなければ、“施設”を追放されてしまう。
――そうなると、リークには行く場所がなかった。
携帯端末の時計を見る。8月3日13:00。
……明日には着くかな。
最近聞いた話だが、去年の真夏にここを歩いて通って熱射病で死んだ奴がいるらしい。
物好きもいるもんだと思う。自殺志願者じゃないのか?
草原とはいえ、春に小鳥がさえずる明るい場所は真夏にはまさに砂漠並み、いや砂漠なんて生ぬるい、灼熱地獄と化するのである。
いやはや大自然の驚異。
――突然、リークの体を衝撃が襲った。
とっさの判断で車から飛び降り、数メートル転がって、起き上がりダッシュで遠ざかる。
この辺り、凄まじい反射神経だ。
その後ろで、爆発が起こった。
「何だ……?」
見ると、さらにボロボロになったジープが燃えて、その一生を終えていた。
そしてリークは、この光景に慣れていた。
まったく、浮動車になんて乗らせてもらえるワケがない。
「……4度目」
気分は最低だった。
「ああああああああああああもうぅ」
自分がこれから自殺志願者の仲間入りになりそうなことに気づいた。
※※※※※※※※※※
――なんだこりゃ?
エージェントコードF−62・キルスは、車の行く手をふさぐようにある奇妙な物体を見つけた。
車から降りて詳しく観察してみる。
金属の塊で、ところどころから煙が出ている。輪になっていたと推測されるゴムのようなものが溶け、異臭を放っている。
「……車か?だとしたらえらく旧式だな」
どのみち俺には関係がない。たぶん。
首を振りながら車に戻り、ふと前方を見ると、遠くの方にとぼとぼと歩く人影が見えた。
……こんなだだっ広い草原を歩いて行く――それもこの暑さの中――ような物好きはそうそういない。
自殺志願者じゃないのか?
最近聞いた話だが、去年の真夏にここを歩いて通って熱射病で死んだ奴がいるらしい。
草原とはいえ、春に小鳥がさえずる明るい場所は真夏にはまさに砂漠並み、いや砂漠なんて生ぬるい、灼熱地獄と化するのである。
いやはや大自然の驚異。
……つい先ほど、全く同じ事を考えた奴がいることなどキルスはもちろん知らなかった。いやはや偶然の驚異。
「誰だよ一体」
リークかな?と思った。奴はここに仕事で来ているはずだ。
しかし、あいつはジープに乗っているはず……ジープ?
先ほどの車の残骸を見る。
「ジープ?」
急いで双眼鏡を取り出し、あの人影を見た。
あっくそピントが合わない、おっ見えた見えた、
……リークじゃねーか。
訂正。自分にかなり関係があった。
※※※※※※※※※※
――おーい
誰かに、呼ばれたような気がした。
気のせいだろうか。
「おーいリークぅ」
やはり呼ばれている。
うるさい。俺は今、叫ぶ(「あああああああああああああああああああああああもぉーう畜生!!」)のに忙しいんだ。
「おーいこらぁ返事せんかーい」
ああうるせえコイツ。
しかたないから振り返ると、同僚で友人のキルスがいた。
あっこいつ浮動車に乗ってやがるくそっ
どこかにぶつけた傷でもついていないだろうか。一生懸命探してしまう事故常習犯のリークだった。
「ひさしぶりだなあ」
「三日前に会った」
「そうだっけ?俺は日々が充実してるから何日も前のことに思えるよ」
仕事のない時に自室でごろごろしてることを充実してるとは言わないと思う。
「よく言うよ」
「ところでお前さっきからなにしてんの?」
「傷を探している」
「なんの?」怪訝そうな顔でキルス。
「その車」
「ところでさっき何か叫んでなかったか?」
さらっと流された。リークは心の中で叫んだ。(あああああああああ……以下略)
「うん。かなり喉渇いた」
「ところで、何か悩み事があるのならいつでも俺が相談に乗ってやるぞ?」
なに言い出すんだコイツは。
「なんだよ急に」
「だって自殺しようとしてたんだろ?」
「……」
黙っていると、
「そんな顔するなって。わかってる、また例によって車壊したんだろ?」
「なんで知ってるんだよ」
「あ、今認めたな?……冗談だ、そんな怖い顔するな。あっちに大破した車の残骸のようなものが落ちててな」
「……」
「これで四回目だな、俺が上に報告してやろうか?……いや、お前が車を持たずに帰ってきたところでもうばれるだろうな。ご愁傷様」
「……お前、何しに来たんだ?」
いらいらした気を紛らわせてくれるような相手でない事は確かだった。
∞
突然の仕事だった。
俺の都合なんかおかまいなしに、最重要依頼があるらしい。
しかも内容が不明。
――三日後にはオーバーパワーに……?
『ああ、緊急だ』
緊急。緊急ねえ……
――そんなに大事なのか?
『ああ。できればウィナーグと二人で行って欲しいんだが……』
……ウィナーグ。
今の俺にとっては、その名前を聞くことは憂鬱以外の何者でもなかった。
――……いや、1人で行く。
『悪いな、少しきついと思うが……』
奴と二人で行くよりはいい。少なくとも今は。
――俺1人で充分だ。
『…………そうか、じゃあ通信を切るぞ』
ちょっと待て。
――任務内容は?
『……向こうに着いたら知らせる』
なんだそりゃ。そんな命令聞いたことねえぞ?
――なんで隠すんだ?
『……最重要だからな。どこかで情報が漏れるとまずい』
なんだろう、端末越しのお偉いさんの声に違和感を感じた。
嫌な予感がよぎる。
今度の仕事では、ろくな事が起きないような気がした。
…………世界が、歪んで――――――
「…………夢?」
目を開けると、広大な星空が見えていた。どうやらまだ夜らしい。
この草原は夜になると涼しい。
あれからなんだかんだいって結局キルスは少しの食料と微小な水を渡して、どこかへ去っていった。
まあ、水は足りてるからいいんだけどな……
リークは身を起こすと、今の夢について考えた。
妙にリアルな夢だった。夢の中でリークは、何故か任務をうけていた。
――でもウィナーグって……
豪快な笑い声のおっさんの姿が目に浮かぶ。
――憂鬱以外の何者でも、ない……?
夢とはいえ、自分の考えた事が不思議でたまらない。
しかも『奴』と呼んでいた(考えていた?)。
何故だろう、先ほどの夢の内容が現実にあった事のように思えて――
既視感――デジャヴ――といえばそれまでだ。別に珍しい事でもない。特に自分は。
だが、妙に頭から離れず……
…………嫌な予感がよぎる。
今度の仕事では、ろくな事が起きないような気がした。